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明治維新の頃に生きていた若者たちはこの言葉を知っていたといいます。それは「天は自ら助くる者を助く」この格言は、幾多の試練を経て現代にまで語り継がれてきており、世界各地で伝承されている一冊の書物です。その短い章句には、人間の限りない経験から導き出された一つの真理がはっきりと示されているのです。
自助の精神は、人間が真の成長を遂げるための礎です。自助の精神が多くの人々の生活に根づくなら、それは活力にあふれた強い国家を築く原動力になると書物は語っています。外部からの援助は人間を弱くします。自分で自分を助けようとする精神こそ、その人間をいつまでも励まし元気付けられるのだと言う。
人のために良かれと思って援助の手を差し伸べても、相手はかえって自立の気持ちを失い、その必要性も忘れてしまうでしょう。保護や抑制も度が過ぎると、役に立たない無力な人間を生み出すことになってしまいます。いかに優れた制度を確立しても、それで人間を救えるわけではありません。
一番良いのは何もしないで放って置く事かもしれません。そうすれば、人は自らの力で自己を発展させ、自分の置かれた状況を改善していくのではないでしょうか。だが、いつの時代にも人は、幸福や繁栄が自分の行動によって得られるものとは考えず、政治の力によるものだと信じたがります。
だから、「政治家がよい法律をつくれば人間は幸福になれる」などという言葉が当たり前のようにテレビなどで報道されているのです。確かに、法律がうまく施行されれば、人は個人的な犠牲をさほど払わずにそれぞれの精神労働や肉体労働をしながら人生を楽しむことが出来るでしょう。
だが、どんなに厳格な法律を定めたところで、怠け者が働き者に変わったり、浪費家が倹約に励み始めたりすることはありません。自らを反省し、節約の意味を知り、堕落した生活を否定して初めて人間は変わっていくのだと思います。我々一人一人がより優れた生活態度を身につけない限り、どんなに正しい法律を制定したところで人間の変革など出来ないのです。
政治とは、国民の考えや行動の反映にすぎない。どんなに高い理想を掲げても国民がそれについていけなければ、政治は国民のレベルにまで引き下げられます。逆に、国民が優秀であれば、いくら酷い政治でもいつしか国民のレベルにまで引き上げられる。つまり、国民全体の質がその国の政治の質を決定するのです。
立派な国民がいれば政治も立派なものになり、国民が無知と腐敗から抜け出せなければ劣悪な政治が幅をきかす。国家の価値や力は国の制度ではなく国民の質によって決定されるのです。我々一人一人が勤勉に働き、活力と正直な心を失わない限り、社会は進歩する。反対に、怠惰とエゴイズム、悪徳が国民の間にはびこれば社会は荒廃するのです。
我々が、社会が悪いと呼び習わしているものの大部分は、実は我々自身の堕落した生活から生じています。だから、いくら法律の力を借りてこの社会から悪を根絶しようとしても、それはまた別な形をとって現われ、はびこっていくにちがいないでしょう。
国民一人一人の生活の状態や質が抜本的に改善されて初めて、このような社会は悪でなくなるのです。また、法律を変え、制度を手直ししたからといって、高い愛国心や友愛精神が養えるわけでもない。むしろ、国民が自発的に自分自身を高めていけるよう援助し励ましていくほうが、はるかに効果は大きいのです。
.. 2/ 9(Tue) 05:53[26882] |